狙われた 学園祭?
                 〜789女子高生シリーズ

          *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
           789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 都内という立地だとは信じ難いほどに、それは瑞々しい緑をふんだんに配した広大な敷地を有すその女学園だが、そもそも、創立当時は長閑に鄙びた郊外にあったのだそうで。何も移転した訳ではなく、ここいらがそんなのんびりした土地だったのだそうな。当時は“国鉄”という名前だった交通機関の、始発終着の町であり、保養静養に向いている近郊の楽園なんて言われていながらも、どちらかといや片田舎に過ぎなかった土地だったものが。戦後の高度経済成長に添う、国内総宅地化の波に飲み込まれ。別荘や別宅ではなく、本格的な生活基盤となる住まいをと謳った、所謂“ベッドタウン”が周辺に造成されてゆき。それらが郊外扱いではなく“都市隣接の利便な土地”となるのに、さして時間は掛からなかった。あの名門女学園が近隣にあるということがまた、地域の格好のステータスに使えると思われたらしく。猥雑な土地にならぬよう、名家の卒業生らが多数働きかけてもくれたため、繁華街の誘致や何やは断固拒否した要望を行政に容れられたことが、ますますとこの地と女学園の風格を高めたようであり。それがため、都心と呼んで差し支えないほどの土地にありながら、周辺地域も穏やか安寧。そんな環境に守られてのこと、清く正しく美しく、品格があって慈愛に満ちた、自立心のある女性を育むという校風もそのまま、現今に至っている。


  ―― そんな乙女らの苑にて
     秋の祭典、学園祭が催される季節がやって来た


 カソリック系のミッションスクールでもあるせいだろか、日本にはまだ少々馴染みの薄い“五月祭”というのも執り行う学園だが、こちらの祭りは普通一般の高校でも催すところの“文化祭”であり。実をいや、当初はあの“ハロウィン”を企画したものの、主旨が日本の夏のお盆に重なるその割に、魔物や怪物になって亡者を追い払うという考え方への理解がなかなか追いつかなかったがため、ご支援をいただいている後援の方々や卒業生、近隣の皆様に、日頃の研鑽の集大成をご披露する催しの日と致しましょうと、芸術の秋を楽しむ祭りへ差し替えられたのが始まりで。

 「まあ、そんな始まりも、
  今となっては、ただの仰々しい言われに過ぎなくなっちゃったそうですが。」

 仲のいいお友達が寝るまでずっと一緒にいたせいだろうか、話も弾んでの ついつい夜更かししちゃった…というワケじゃあなかったのだけれど。いつも以上に目元が開かないらしい平八が、それでも一応と並べてくださった、女学園の学園祭発祥の一節は、七郎次や久蔵には初めて聞くお話であったようで。

 「凄いなぁ、ヘイさん。」
 「……。(頷、頷)」

 感心しきりで、凄い凄いを連発な金髪娘二人だったが、

 「何 言ってますやら。//////」

 妙なことで褒めないで下さいなと、微妙に照れ隠しだろう素っ気ない言い方をして見せた赤毛のお嬢さん。洗顔フォームを泡立てていた手を止めると、

 「今のお話、半分は久蔵のお母様から聞いたんですよ?」
 「???」
 「あ、そうか。久蔵ってば初等科から通ってたんですものね。」

 初等科や中等部、それと短大は後から設立されたもの。高等部のみが建つ あの敷地がいくら広いと言っても、その趣きある風情の調和を崩す訳にもいかず、そう遠くはない隣町にそちらは固まって建っているとか。学内進学を選ぶ方々が大半だという“高等部”に関しては、そんな在校生でもわざわざ出掛けねば判らぬ、言わば“聖域”扱いなのだそうで。周囲の方々からの評判が高いこともあり、どんな学校なのかしら、どんなお姉様たちがおいでなのかしらという憧れは尽きず、

 「そんな想いがあってのことか、
  創設のお話辺りは、在校生や父兄の皆様のほとんどが、
  そらんじることが出来るほど御存知だと聞いておりますが。」

 「〜〜〜〜。///////」

 だっていうのに紅バラさんと来たらばと、わざわざ続けなくともそこは久蔵にも通じたらしく。Tシャツタイプのパジャマの襟元へ首を埋めるよにしてすくめると、うにむにと恥じらいながら、隣りにいた七郎次の花柄パジャマのお袖にお顔をくっつけて、隠れてしまう始末だったので。

 「まま、久蔵殿は関心のないことへは、
  とことんアンテナを向けないお人ですから。」

 それがたとえ全国的なブームであっても、知らないものは知らないで済ませちゃう豪気なところが、我らが久蔵殿なんですしと。褒め言葉にしちゃあ微妙な言いようをしつつも、いい子いい子とブラッシング前の金の綿毛を七郎次が撫でてやれば、

 「それもそうでしたよね。」

 平八もまた、にこやかに笑いつつ大きく頷いて見せる。決して流行に疎いというのじゃないけれど、何でもかんでもと飛びつくほどにお軽い性分ではなくて。日頃の寡黙さが、鈍重ではなく むしろ冴えをおびて見えるのも、しっかとした落ち着きがもたらすそれだから。

 「………。///////」
 「あらまあ真っ赤ですよ、久蔵殿。」
 「あ、ホント。かわいいんだvv」

 ちょいと古風な和風タイルばりという洗面台に向かい、横並びになっての洗顔に勤しむお嬢さんたちが。朝っぱらからお元気にも、きゃっきゃとはしゃぐ声が厨房にまで響いて来。ああそろそろそんな時間かと、こちら様はずんと早くからの起床をし、お届けもののお菓子を作り続けていた五郎兵衛殿が、壁掛け時計を見上げつつ、住居用の台所へと足早に移動する。

 「ヘイさんや。朝ご飯は出来ておるからの。」
 「あ、は〜い。今 行きま〜すvv」

 仲のいい三人娘は、今世でもその有能さが隠し切れずにいるようで。それぞれがそれぞれなり、色々な方面から頼られてもおいで。いよいよの学園祭でも例外ではなく、担当するお仕事の内、学校にいてこそこなせるものはそちらで集中して対処に当たっていたものの、

 『だ〜〜〜っ。どう考えても間に合わないっ。』
 『落ち着いてっ、ヘイさん!』
 『……っ。(頷)』

 お手入れ抜群という、つややかでさらっさらの自慢の赤毛を掻きむしらんという取り乱しようで、エントランスホールや来賓室に飾る作品への装飾に当たっていた平八が悲鳴を上げたのが、変則的な大きさの絵を収める額縁と、微妙に空いてしまうお廊下の一角、華道部が花を生ける予定の場所に据えるオブジェの製作。ちゃんと担当を割り振ったのに、まあまあおのんびりとした子たちだったものだから、

 『自分たちでは出来ないなら出来ないで、
  禁じ手ではありますが、
  外部発注でも何でもして間に合わせろというのですよっ!』

 最後の土日という連休を過ぎたというぎりぎりになっても、肝心な作品そのものが定位置に並ばぬの、心配になってきて担当している子らへ進捗を訊いたところが。いっけない忘れてましただの、昨年も使ったものを倉庫から出してくるだけなのでしょう?だのと、まあまあ勝手なことばかり並べて下さってまあ。幽霊部員と豪語していて、日頃からも部に顔を出してはない平八だったので、あんまり干渉するのも何だと思っていたものの。そんな彼女のみならず他にも名義のみ部員はたんといて、しかも作品さえ仕上げてないクチも多数だったと。実は結構な崩壊ぶりだったことが、こんな土壇場で判明したというワケで。

 『最低限の義務となっている作品を、
  指定数 提出していらっしゃらない方々は、
  学園祭終了を待たずして除名。
  よって準備にも参加していただかなくて結構です。』

 ご両親だの伝手だのという“後ろ盾”が、何とかしてくれるという考えでいたならいたで、せめてそちらへ連絡をしていりゃあまだよかったものを。ぎりぎりまで何もしてないという計画性のなさには、冗談抜きに呆れ返った平八だったそうで。

  そういうだらしのなさは、先々でも破綻を招くばかりでしょうから、
  信用の要るお付き合いを敬遠されるか、
  逆にいい加減な方々からカモにされての 付け込まれますことよ、と

 胸倉掴んで啖呵を切ってやりたかったところだが、そんな説教さえ時間と手間が勿体ない。勿論のこと、真面目に当たってくれていた顔触れも少なくはなかったため、急遽お仕事を少しずつ増やさせてもらっての、器用な平八がダントツにあれもこれもと担当して取り掛かっていたのだが。作品が足りないと判明した部分へ代替として設置する予定の造形コラージュが、組み立てや設置をしつつの同時進行で設営するにしても間に合わぬと。作業の逆算をしていて出たのだろうその結果へ、前日の朝っぱらから切れかけてしまってた赤毛のひなげしさんの、滅多にはない動揺っぷりを見かねてのこと、

 『アタシらも手伝いますから落ち着いて。』
 『………。(頷、頷)』

 選りにも選って“来賓招待日”が初日というのはキツイですが、でもでも運び出しと搬入が可能なものは、八百萬屋で夜中まで掛ければ間に合いますでしょ? アタシらの手も加われば、少しは捗るんじゃありませんか?と。手芸や裁縫がお得意の、器用な彼女らからの申し出へ、

 『シチさん、キュウゾウ殿…。』

 切羽詰まってた弾みもあってのこと、意地っ張りな上に負けず嫌いなところもある平八が、半分泣きつつの“うわ〜ん”と飛びついてしまった愛らしさが見られたというオマケ話は…彼女らの間でだけの内緒だが。
(苦笑) そんなこんなで昨夜は泊まりがけになっての作業に手をつけたものの、器用なその上、勘のいい二人が手伝ったことから、そりゃあさくさくと片付いて。日付こそ変わったけれど、それでも思ったより手早く片付いた作品たちに囲まれ、ちゃんと寝床につけたほどの余裕の完了っぷりだったそうであり。

 「搬入には業者の人を頼みました。」

 設置場所である女学園まで、いくら近いとはいえ、すぐのお隣りってわけじゃない。結構な大きさの、しかも形も素材も特殊なブツが複数、というラインナップなので。焦るあまりに不用意に扱って壊してしまう恐れもあるかも…などなとと検討した結果、専門家に運んでもらった方がよかろうと、そこだけはお嬢様っぽい思考が働いた皆様だったようであり。そっちへの連絡も済ませての、あとは戦闘体制へ入る本人たちの準備だけだとばかり。しっかり且つ丁寧にお顔を洗い、髪のあちこちへのケアも済ませて、さて。

 「わ、美味しそうだvv」
 「………。///////」
 「マスの焼け具合の柔らかそうなことvv」

 こちらも五郎兵衛殿の心づくし、依頼があった和菓子作りだけでもお忙しかったことだろに、手の込んだ朝ご飯が用意されていて。和食にして下さったようで、ぴかぴかの炊き立てご飯にエノキとお豆腐のおみそ汁、紅ますの塩焼きに温泉玉子、キュウリとハクサイの浅漬けという品揃え。昨夜の肉ジャガもありますよ。わ、欲しいですvv ……vv(頷) そうそう、久蔵殿のお茶は先に淹れて冷ましておきましょうね。〜〜vv///// 猫舌はやっぱり治ってませんか。そこもまた可愛いんですけれどvv などなどと。いかにもお年頃の娘さんたちがはしゃぐ食卓は楽しげだが、それぞれで両手を合わせて“いただきます”と食べ始めても、肝心な家主様が姿を見せぬ。

 「お菓子作り、そんなにお忙しいの?」

 もしかして、美術部の作業のお持ち帰りなんて段取りがなかったなら、ヘイさんも早起きしてお手伝いしてたとか?と。白い手を優雅にそろえてお茶椀を持ち上げていた、七郎次がこそりと訊けば、

 「…暇でも手伝わなかったかも知れません。」

 微妙に凄みのある、低いお声でのお返事へ、……………おおっとと、やっと思い出した七郎次は、もしかしたなら低血圧で 朝は微妙に回転が遅いのかも知れぬ。

 “そうだった そうだった。”

 学園祭当日を前に、じりじりと迫るいろんな締め切りの山に翻弄され、昨夜も昨夜でてんてこ舞いしたんでうっかりと忘れていたが。今日の“来賓招待日”は、平八と五郎兵衛には別の方向からも“問題の当日”であったのではなかったか。しまった、うっかり触れちゃあいけないんだったと、語尾を誤魔化しがてら、甘めのタレがかかった温泉玉子へ手を伸ばす。そんな七郎次の手が止まったのは、

 「……。」
 「久蔵?」

 数枚ずつ封入されてある小分けの焼きのりの封が開けられず、手古摺っているのに気づいたからで。幅の細い横へと開けようと爪を立てているのを見かね、

 「こっちですよ、縦に。…ほら。」

 長いほうへと引けばいいのだと、自分も1つ取って実演してやれば。おおおと声なき声あげ、赤い双眸を見開いて、手品でも見たかのように感動のお顔をした紅バラさんだったりし。

 「…きゅ」
 「大袈裟ですよ、久蔵殿。」

 同じことを言いかけた七郎次を追い越して、ひなげしさんがくすくすと微笑う。微妙な間の悪さからそちらを向けなかった七郎次が、それでもそろそろと視線を向ければ、

 「シチさんたら、やっとエンジンがかかって来たらそれなんだもの。」

 もうもうと、今度はわざとらしい表情で口許を尖らせて見せる平八で。今日お越しになるのだろ、昔々のOGという熟女たちの中に、五郎兵衛さんへのファンが多数混じっていることへ。随分と前から微妙にへそを曲げてた彼女だったが、

 「確かにまあ、愉快な話題じゃありませんが。
  ゴロさんの頑張りは後で褒めて差し上げるつもりでおりますし、
  今日が過ぎちゃったらもう忘れることですよ。」

 細いお箸で器用にも山盛りのご飯をつまみ上げると一口でパクリと頬張りつつ、そうそう気を遣わないで下さいなとの苦笑、そちらから振り向けてくれた赤毛のお嬢さんであり。それはよかったと、やっぱり大仰ながら、胸元を押さえてほうと息をついた七郎次へ、

 「私の一過性のむっかりよりも、シチさんこそどうなのですよ。」
 「はい?」

 唐突な訊きようをした平八であり。ほっとしたと同時、今度は…切り身なので骨は無さそうと思いはしたが、それでも久蔵殿のお魚の皿をついつい気にしていた白百合さんが、不意を突かれてキョトンとするのへ、

 「勘兵衛殿です。やはり、来るか来ないかはぶっつけなのですか?」
 「あ…えっとぉ…………。////////」

 ちょっとした焼きもちさえ珍しいほど熱っつあつな平八と五郎兵衛や、何となりゃ学園の校医でもあるカレ氏なので学校でも逢う機会に恵まれている久蔵と兵庫らとは、格段に桁違いでまみえる機会が稀な二人。そんな七郎次と勘兵衛を、案じての訊きようであったらしく。いくらお祭り騒ぎだとはいえ、こちらにも、例えば店番などなど演目や出し物によってはお当番とかお留守番とか、外せぬお役目があったりするので。人出に紛れてデートの場にという、待ち合わせを目論む訳にはさすがに行かないだろうけど。

 「今日はまま、ステージものの公演と、
  生け花や書画造形の展示を公開するのみですから?」

 今日は来たところであんまり面白い日じゃあなかろう。むしろ、クラス参加のメイド姿であれ、バンド演奏のコスチュームであれ、シチさんの晴れ姿を見たいなら、やっぱり最終日でしょうよねと。すっかりと盛り返し、モチベーションを高めまくりの平八の言いようへ、

 「ううう〜〜〜〜。/////////」

 何よ何よ、待ち合わせなんて約束してないもんと。恋しい人だがそっち方面の約束は、あのその…まだ取り付けてないもん、というところまでもが見え見えな反応が返って来てしまい。

 “………まあ、見越しちゃあいましたが。”

 大好きな大好きな勘兵衛様。名前を言うのさえどっきどきの、男ぶりも頼もしさもピカイチという(註;七郎次ヴィジョン限定)、そりゃあ素敵な恋人さんが。警視庁勤務の警部補というお仕事重視なお人なの、時々は焦れったいとしながらも、それが彼の信条ならばしょうがないと思うのも本当ならば、だけども…いつだって逢いたくってしょうがないと思っているのもまた本心で。だって大好きなんだもん、だからどっちもしょうがない。寂しくて寂しくて逢いたくてしょうがない時もあるけれど、お仕事の邪魔をしちゃあいけないのも重々承知な七郎次。せめて定刻に上がれるとか、休みが決まっているとかいうサラリーマンだったらよかったが、選りにも選って不規則が当たり前な、警察関係者(しかも現場担当)と来たもんで。

 “惚れた方が負けってのは、よく言いましたよねぇ。”

 そんなお人となんて百害あって一利なしだと説き伏せて、別れさせるほうがいいのかも知れぬと、前世という蓄積もあるからこそ思う平八だが。それと同じほど…あの殺伐としていた前世でも、ああまで…付き合いの短い者へまで悟らせるほどに好き合ってらした彼らなのだからと。この平和な世でくらい、添い遂げさせてあげてもいんじゃないか、とも思う。ややこしい立場での再会は、果たしてどちらへの天罰か。そうであったとしても、事情をよく知る者らを、こうして周囲へ配したくらいにはお目こぼしもいただいている彼らなんだから。だったらこっちも、フォローくらいはしてあげないとと思うワケで。

 「最終日、何も起きなきゃいいですね。」
 「…………うん。」

 ちょみっとテンションが乱れてしまった白百合のおっ母様。その細い肩をよしよしと抱いてやってる久蔵と、当人の背後で視線を見交わし合いながら。心からの願いを口にしつつも、

 “いやむしろ、何かささやかなのを起こしてやってもいいかしら。”

 島田警部補をご指名で呼べるのだったら、考えてもいいかなぁなんて。不吉なことが頭をちらっと横切った、小柄で愛らしい見かけとは裏腹に、なかなかに危ない中身のひなげしさんで。そんな彼女にとって、いろんな意味から中身の濃い濃い学園祭の幕開け日は、やっぱりただの“文化の日”とはならなかったようである。






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